パニック障がいとは、突然強い不安が押し寄せ、めまいや手足の震え、呼吸困難などの身体症状も現れてしまい、日常生活に支障をきたしてしまうものです。一般的には、薬物療法と精神療法を併用しながら治療していきます。
では、パニック障がいの治療に使われる薬には、具体的にどんなものがあるのでしょうか。薬物療法の目的や注意点と合わせて、詳しく見ていきましょう。
パニック障がいの薬物治療の目的とは?
パニック障がいは、何らかの脳の機能的な異常だと考えられています。そのため、いわゆるパニック発作と呼ばれる典型的な症状に関して、薬物療法の効果が得られやすい疾患です。
こうした脳神経系に作用する薬を使うことを不安に感じ、薬を使わないで治療したいと望まれる人も多いのですが、薬物療法と精神療法を併用した方がより効果が高いこと、最初に発作を止めるには薬物療法を取り入れた方が良いことなどから、薬も使った治療法が推奨されます。
薬でパニック発作や予期不安などの症状をコントロールできるようになると、安心感を得られ、治るという自信が持てるようになります。
このようにある程度心が落ち着いた状態を取り戻してから、精神療法を行っていった方が、パニック発作や予期不安がそのままの状態で精神療法を行うよりもスムーズであり、回復のスピードも一般的に早いのです。
このとき、広場恐怖を合併しているかどうかによって、治療のアプローチ方法が変わってきます。広場恐怖はパニック障がいを発症した人の約8割が合併するとされている非常に割合の高い症状ですから、多くの人はこちらのアプローチを行います。
それは「自分がコントロールできない状況下での苦手意識を払拭する」という目的のアプローチで、段階的曝露療法などを中心とする、行動面を重視した精神療法です。
広場恐怖を合併していない残り2割の人には、認知的なアプローチを行っていきます。これは、物事の捉え方を整理し、不安から考えがどんどん悪い方向へ向かい、より不安になっていくというような悪循環を解消するよう働きかけます。パニック障がいは比較的短期間で回復しやすい疾患ですが、再発率も高く、とくに女性で高いとされています。
再発を防ぐためにも、精神療法とともに即効で発作を抑える薬物療法を併用していくことは非常に重要です。薬によってパニック発作を軽く抑えられたり、あるいは起こしにくくできたりすれば、不安や恐怖の悪循環に陥ることなく冷静な対処ができ、苦手な状況も少しずつ克服していけます。
広場恐怖を合併しているパニック障がいの人の場合、不安感や恐怖感の克服には時間がかかることが多く、10年間で約半数の人が再発するとされるように、再発率も決して低くありません。薬物療法と精神療法を併用しながら、焦らず治療を行っていきましょう。
パニック障がいの治療薬の種類とは?
最初に、パニック障がいとは何らかの脳機能の異常ではないかとお話しました。具体的には、恐怖に関係する「扁桃体」という脳の部分が過剰に活動しすぎていることがわかっています。他にも、海馬・視床下部・青斑核などの部位の活動が活発になっています。こうした過活動が起きるのは、神経伝達物質のうちノルアドレナリン・セロトニン・GABAが関係していると考えられています。
とくに、ノルアドレナリンの過剰な分泌がパニック障がいと関係が深いと考えられています。ノルアドレナリンは青斑核から分泌される物質で、セロトニンとバランスが取れるように分泌されています。セロトニンは感情や気分のコントロール、精神の安定などに関係していて、心のバランスをとるためにも重要な物質です。
つまり、パニック障がいの人の脳内では、ノルアドレナリンが大量に分泌されるあまり、セロトニンの分泌が少なくなり、これが余計に不安や恐怖感を招いていると考えられるのです。ですから、パニック障がいの治療では、主にセロトニンを増加させる抗うつ剤が使われます。しかし、抗うつ剤は効果が見られるまでに時間がかかることから、即効性という点でGABAという脳内物質の働きを強める抗不安薬を併用することが多いです。
GABAには気持ちを落ち着かせてくれる「抗ストレス作用」があり、パニック障がいの患者さんの扁桃体ではこのGABAの働きが低下していることがわかっています。そこで、即効性のある抗不安薬でGABAの働きを強め、気持ちを落ち着かせてパニック発作の症状も抑えるのが効果的なのです。この性質から、パニック発作が起こったときのレスキュー薬としても使われます。
その他、漢方薬や気分安定薬などが使われることもあります。それぞれの薬の詳細についても、順に見ていきましょう。
パニック発作の治療に使われる抗うつ剤とは?
抗うつ剤は、先ほどご紹介したようにセロトニンを増やす目的で使われるため、抗うつ剤の中でも「SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)」という種類の薬剤が使われます。名前の通りセロトニンだけを選択して増加させる薬剤で、「パロキセチン(商品名:パキシル)」や「セルトラリン(商品名:ジェイゾロフト)」が使われます。
SSRIとして販売されているものには他にも「エスシタロプラム(商品名:レクサプロ)」や「フルボキサミン(商品名:ルボックス、デプロメール)」があるのですが、この2種類は抗うつ剤の適応にはなっているのですが、2019年冬現在、日本国内ではパニック発作に対して適応が認められていません。
とはいえ、これら2種類のSSRIも海外では適応が認められていますので、原則としてパロキセチンやセルトラリンを選択しますが、患者さんに合うか合わないかで選んでいくことになります。
さらに、SSRIがすべて合わない場合は、その他の抗うつ剤を使うこともあります。しかし、ノルアドレナリンも増加させてしまうタイプの抗うつ剤はかえって不安を強めてしまうことも考えられますので、できるだけセロトニンを増やす効果が強い薬剤を選びます。例えば、以下のような薬があります。
- SNRI:意欲低下が目立つ人に使われる
- デュロキセチン(商品名:サインバルタ)、ベンラファキシン(商品名:イフェクサー)、ミルナシプラン(商品名:トレドミン)
- NaSSA:吐き気などの副作用が生じ、SSRIが使えない人に使われる
- ミルタザピン(商品名:リフレックス、レメロン)
- 三環系抗うつ薬:SSRIでは効果が不十分な人に使われる
- クロミプラミン(商品名:アナフラニール)
パニック発作の治療に使われる抗不安薬とは?
上記のような抗うつ剤は、効果が出るまでに時間がかかりますので、とにかく速く不安や緊張を和らげてパニック発作の症状を抑えたい、という場合は即効性の抗不安薬が使われます。基本的には抗うつ剤の効果が出てくるまで、一時的に症状を和らげるために使われますが、その即効性から、抗うつ剤が効いてきた後も不安や緊張が高まった時のお守りとして処方されることがあります。主に以下のような薬があります。
- クロゼナパム(商品名:リボトリール、ランドセン)
- ブロマゼパム(商品名:レキソタン)
- エチゾラム(商品名:デパス)
- ロラゼパム(商品名:ワイパックス)
- アルプラゾラム(商品名:ソラナックス、コンスタン)
中でも、ロラゼパム(ワイパックス)は即効性のほか、噛んでも甘さがあるため水なしで服用できることから、よく使われます。パニック発作はいつ、どこで起こるか予測できませんので、水なしでも服用できることは非常に大きなメリットなのです。
一方、不安といっても予期不安の場合、いつでも継続的にある不安ですから、「不安が起こったら飲む」という方法ではなく、「一日を通して不安を抑える」という方法で薬を服用します。そのような抗不安薬としては、ロフラゼプ酸エチル(メイラックス)がよく使われます。長時間作用するため、減薬や中止のときも身体からゆっくりと抜けていき、中断症状などが現れにくくスムーズに減薬・中止できます。
パニック発作の治療に使われる漢方薬とは?
パニック障がいの治療には、前述のSSRIや抗不安薬の効果が高いため、基本的には上記の2種類の薬剤を使っていくのですが、患者さんの中には、漢方薬を使った治療を希望される人や、漢方薬の使用が推奨される人もいます。
例えば、抗うつ剤や抗不安薬では副作用や妊娠への影響が懸念される患者さんや、薬への不安が強く、抗うつ剤や抗不安薬を使うことで余計に不安が増してしまうと考えられる患者さんの場合は、漢方薬を使うこともあります。しかし、漢方薬は長期的に服用して体質を変えていくものですから、効果があったかどうかを見極めるにも時間がかかります。そのため、物事の捉え方を整理する精神療法と併用し、時間をかけてじっくり治療に取り組まなくてはなりません。
パニック障がいの治療に使われる漢方薬には、以下のようなものがあります。
- 柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいししょうがとう)
- 体力が低下していて、不安が強い場合
- 桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)
- フラッシュバックなどにより、消耗が激しい場合
- 半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)
- 喉や胸に違和感がある場合
- 加味逍遥散(かみしょうようさん)
- 女性で、不安・神経症状が強い場合
- 加味帰脾湯(かみきひとう)
- 不安が強く、疲れや食欲不振などが目立つ場合
- 黄連解毒湯(おうれんげどくとう)
- 神経が過敏になっている場合
- 抑肝散(よくかんさん)
- 神経が高ぶっていて、イライラが強い場合
- 抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)
- 神経の高ぶりやイライラに加え、胃腸が弱い場合
- 甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)
- 不安が強いときの頓服に
その他、どんな薬が使われることがあるの?
パニック障がいの患者さんでは、ときに抑うつ不安発作や、怒り発作というような、悲しみや怒りなどの強烈な感情を伴う不安発作が起こることもあります。こうした強い感情を伴う発作が起こる場合や、抗うつ剤だけでは効果が不十分だと判断されるときは、抗精神病薬や気分安定薬が使われることがあります。具体的には、以下のような薬が使われます。
- 抗精神病薬
- ペロスピロン(商品名:ルーラン)、クエチアピン(商品名:セロクエル)、アリピプラゾール(商品名:エビリファイ)
- 気分安定薬
- バルプロ酸ナトリウム(商品名:デパケン)
パニック障がいの薬物治療で気をつけることは?
パニック障がいの薬物治療において気をつけることは、治療を始めてすぐのころと、治療後しばらく経って症状が安定してきたころで異なります。それぞれ、詳しく見ていきましょう。
治療を始めて1〜2ヶ月のころ
パニック障がいの薬物治療の基本は、抗うつ剤(SSRI)です。しかし、SSRIは十分な効果を発揮するまでに時間がかかり、一般的に6〜8週間を必要とします。そのため、SSRIの効果が出るまでの間、即効性のある抗不安薬を併用し、パニック発作が起こらないよう抑えていきます。
SSRIは飲み始めに副作用として吐き気やむかつき、下痢、便秘などの消化器症状が現れることがあり、多くは服用しているうちに身体が慣れておさまってくるのですが、しばらく経っても落ち着いてくる様子がなければ、医師に相談しましょう。
また、飲み始めに一時的に不安やイライラが強まることがあります。これも一時的なもので徐々におさまってくるのですが、辛いときは飲む量を調節するなどの対処法があります。決して、自己判断で飲むのを中止しないように気をつけましょう。
治療後しばらく経ち、症状が安定してきたころ
治療後しばらく経って症状が安定してくると、発作が起こりにくくなっているため、「もう治った」と勘違いして薬の服用をやめてしまう人がいますが、これは絶対にいけません。この状態はあくまで薬によって症状がコントロールできているだけで、完全に回復したわけではないからです。突然自己判断で薬を中止してしまうと、さまざまな症状がぶり返して来る可能性があります。
パニック障がいが完全に良くなったと医師が判断し、薬の服用をやめる場合は、徐々に服用量を減らしていく「減薬」という過程を経て服用をやめることになります。突然服用をやめてしまうと、頭痛やめまいなどの中断症状が現れることがありますので、薬の服用をやめたいと思ったら、自分で勝手に中止するのではなく、まず医師に相談しましょう。
また、この中断症状は飲み忘れによっても起こります。薬の飲み忘れがないよう、十分に注意してください。
おわりに:パニック障がいの治療に使われる薬は、主に抗うつ剤と抗不安薬の2種類
パニック障がいでは、患者さんの脳内のノルアドレナリンとセロトニンのバランスが崩れ、ノルアドレナリンが異常に増えすぎていると考えられます。そのため、セロトニンを増やす抗うつ剤(SSRI)を使った治療がメインです。
しかし、SSRIは効果が出るまでに6〜8週間かかるため、その間は即効性のある抗不安薬で発作を抑えます。その他、患者さんの状態によっては漢方薬などが使われることもあります。
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