アスペルガー症候群の人は、どうしてもコミュニケーションの障害や、社会性の障害などが注目されやすい傾向にありますが、その一方で「記憶力の良さ」が着目されることもあります。では、アスペルガー症候群の人が記憶力が良いのは、なぜなのでしょうか?
アスペルガー症候群が記憶力に長けている理由やそのデメリット、逆に苦手とされる短期記憶についても知っておきましょう。
アスペルガーの人が記憶力が良いって本当?
アスペルガー症候群は、アメリカ精神医学会による精神疾患ガイドラインの最新版では、自閉症スペクトラムという疾患の一部に含められています。自閉症スペクトラムに含められたのはもともとアスペルガー症候群、自閉症などと呼ばれていた疾患で、いずれも発達障害の一種であり、先天的な脳機能障害が原因で起こることがわかっています。
自閉症スペクトラム(Autism Spectrum Disorder=ASD)の特性としては、「社会性やコミュニケーション、言語を介さないやりとりが苦手」「変化を嫌い、決まったパターンを好む」「こだわりが強い」「感覚過敏」などがあります。自閉症スペクトラム=アスペルガー症候群の人は、こうした特性に加えて「記憶力が良い」と言われることも少なくありません。それは、以下のような特性によるものと考えられます。
- こだわりの強さが、過去への執着として現れる
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- 過去へのこだわりを強く持っていると、記憶力も高くなりやすい
- 例:幼稚園や小学校時代など、過去に起こった些細な出来事を覚えている
- 例:過去に出会った人の名前や顔を覚えやすい
- 視覚的な情報を処理するのが得意である
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- 相手の言葉など、耳で聞いた物事を処理するのが苦手だが、視覚的な情報を処理するのは比較的得意
- 視覚的な情報に関しては、高い記憶力を発揮できることがある
- 例:一度見た住所を暗記していた、カメラのようだと言われた
- 例:不規則な数字の羅列を正確に覚えられる
- 過敏な感覚に関わることが強く印象に残りやすい
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- 感覚過敏を持っている場合、その過敏な感覚に触れることを強く記憶しやすい
- 例:過敏な音や雰囲気を、情景を思い出しながら詳しく説明できる
- 決まりや定型パターンを好むため、関係事項を覚えやすい
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- 変化や臨機応変な対応が苦手な反面、ルーティンワークを好む
- 生活に必要なパターンを覚えやすい
- 例:月曜はごみの日、火曜は○○をする、など、毎日のルーティンワークを記憶している
記憶力の良さが招く、アスペルガー特有の困りごととは?
記憶力が良いことは一般的に良いことだと考えられていますが、それはあくまでも「良い記憶」や、「役に立つ記憶」に限れば、の話です。アスペルガー症候群の記憶力の良さは、自分にとって良い記憶と悪い記憶を選別して覚えられたり、悪い記憶を都合良く忘れられたりというものではないため、以下のような困りごとが生まれやすい傾向にあります。
- 過去の辛い体験や、嫌な記憶を引きずりやすい
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- 過去の記憶は、いいものばかりとは限らず、辛い体験や嫌な記憶もある
- 記憶力がいいと、悪い記憶も鮮明に覚えているため、トラウマやフラッシュバックを起こしやすくなる
- 例:子どもの頃の辛い体験を鮮明に覚えていて、ネガティブになりやすい
- 例:過去にこだわりすぎて、「そんな昔のことは忘れなさい!」などと叱られる
- 例:一度怒られたり激しい感情をぶつけられたりすると、相手に対する悪い印象が消えない
- 【対策】現在がうまく行っていないことに過去を結びつけようとしがちなため、現在の課題に対してどう対策するかに焦点を絞る工夫をしよう
- 失敗したときなど、適当なところで切り替えができない
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- 失敗した記憶が鮮明に残り、「前回も失敗したから今回も失敗するだろう」と思ってしまう
- ミスをしたときにうまく切り替えられず、引きずって失敗を繰り返しやすい
- 記憶力がいいことから、自分の記憶を過信しすぎてミスしてしまうことも
- 例:過去の失敗体験を、今の課題に対しても当てはめてしまう
- 例:前例にこだわりすぎて、想定外の物事に対処できない
- 【対策】ミスをしたときは「前回はこの方法で失敗した。だから、今回は別の方法に変えよう」などと、建設的に考える習慣をつける
- 会話の相手と温度差が生まれやすい
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- 相手にとって覚えていられたくないことを話してしまったり、何気なく言ったことで「せっかく忘れていたのに」などと怒られてしまったりする
- 他者と話すときは、過去の話に対する共通認識がずれやすいため、注意が必要
- 例:同じ話をしても温度差があるため、自分だけ傷ついてしまうことがある
- 例:相手が忘れていた思い出を何気なく話し、相手を傷つけてしまった
- 【対策】過去の話は、相手から話されない限り話さない方が良い
このように、記憶力がいいことは必ずしも良いことばかりとは限りません。これらの例に心当たりがあるようなら、ぜひ対策を実践してみましょう。
アスペルガーの人が苦手な「短期記憶」ってなに?
アスペルガー症候群の人は、前述のように記憶力が良いと言われますが、これは定着して残る記憶である「長期記憶」の場合です。逆に、一時的に物事を覚えておく「短期記憶」(ワーキングメモリーとも呼ばれる)は苦手なことが多く、例えば「コーヒーを淹れようとしてヤカンを火にかけ、沸くまでの間に洗濯物を畳んでいたら、畳み終わった後はヤカンをかけていたことを忘れてしまった」といった具合です。
仕事では、部下や別部署の人に「Aというやり方でお願いします」と依頼したとき、後から自分の中で「やっぱりBのやり方の方がいいな」と思うと、Aというやり方でと伝えたことを忘れてしまいます。それだけならいいのですが、さらに「Bのやり方でお願いした」と、記憶の改ざんが起こってしまうこともあります。
すると、部下や別部署の人がせっかく言われた通りにAのやり方で仕上げてきても「Bのやり方でやってと言ったのに」と、トラブルを引き起こしてしまうこともあります。本人の頭が悪かったり、やる気がないなど不真面目だったりというわけではないのですが、短期記憶が苦手なためにこうした事態が起こってしまうのです。
そこで、短期記憶を鍛えるために、以下のような訓練をするのがおすすめです。
- 2つ戻りしりとり
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- りんご→ゴリラ→ラッパ、ゴリラ→ラッパ→パンダ、ラッパ→パンダ→だるま
- このように、必ず前の単語を2つ言ってから次の単語を言うしりとりをする
- 4ケタの数字から、2ケタの数字をひたすら引いていく
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- 5781からひたすら13を引いていくなど
- 5や10は1の位が簡単すぎるため、他の数字にするとより良い
- 同じ文章を復唱する
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- 誰かに文章を一文読んでもらう、またはYouTubeなどで動画を流して途中で止める
- 5〜10秒間別の作業や思考をしてから、同じ文章を復唱する
- 最初の読み上げを自分でやってしまうと、それで記憶してしまうので、必ず別の人に呼んでもらうか、再生・停止のできるデバイスを使うと良い
訓練によって短期記憶にも長期記憶にも強くなることができれば、その能力をさまざまな場所で活かすことができます。アスペルガー症候群を含む自閉症スペクトラムは無理に「完治」させようとするのではなく、訓練で身につけられる能力は努力しながらも、できないことよりもできることを個性、特性と捉え、積極的に活用していこうとする考え方が広がってきています。
ぜひ、アスペルガー症候群の記憶力の良さを、日常生活や仕事にどんどん活かしていきましょう。
おわりに:アスペルガー症候群の人は「長期記憶」が得意だが、「短期記憶」は苦手
アスペルガー症候群の人が記憶力が良いとされるのは、多くの場合事実です。幼稚園や小学校など、遠い子どもの頃のことを鮮明に覚えていたり、カメラのように情景を記憶できたりします。
しかし、こうした記憶は「長期記憶」と呼ばれる定着する記憶であり、「短期記憶」は苦手な傾向があります。短期記憶が苦手だとさまざまなトラブルも起こりやすいので、簡単な訓練で鍛えておくと良いでしょう。
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